目的の店に入り、席に着くと、
「あらま、お二人とも奇遇ですねぇ」
 注文を取りに来たウェイトレスがいきなりそんな事を言った。
「パッフェルさん!」
 ルウの声にネスティが俯いていた頭を上げてみれば、確かにパッフェルさん。
 いつものケーキ配達の制服ではなく、この店の制服を着込んでいる。
「どうして君がここにいる」
 ネスティの問いに彼女は少し苦笑して答える。
「こちらの時給がケーキ屋さんよりも良いものですからねぇ。ちょっと掛け持ちさせてもらってるんですよぉ。でも今日は一人以上で来ると半額ですからね。お客さんがたくさん来てもう大変なんですよぉ。ルウさんはそれが狙いでしょう?」
「えへへ……」
 見透かされて照れ笑いするルウ。
「ところでご注文は何でございましょうかぁ?」
「えーと、それじゃあ……これとこれとこれとこれとこれ」
 いきなり五つもクレープを注文するルウに唖然とするネスティ。
 しかパッフェルさんは動じる事もなくにこにこ笑顔で
「かしこまりましたー」
 と何事もなかったように下がっていった。
「君はバカか?」
「いきなり何よ」
「そんなに注文して食べ切れるのか? もう少し自分の腹と相談して注文するべきだろう」
 するとルウ、自信たっぷりに言い切った。
「食べ切れるわよ。甘いものは別腹なんだから」
「ほう?」
「あ、信じてないわね? ……そうね、もしルウが食べきったらここのお勘定全部キミが持つって事で、どう?」
 ネスティは少し考えてから自分の今の所持金を思い出した。
 いつもならともかく今日は半額。払いきれない代金ではない。
 それに五個。クレープはクリームの量が見かけより多く使用されており、予想外に腹に来る食物だ。
 食べきれるわけがない。
「いいだろう」
 彼は自分の勝利を確信しつつ、頷いた。
「決まりね。……それで、話を変えるけどトリスのこと、どうしたの?」
 本題をふられ、ネスティは姿勢を正した。
 少し逡巡してから、思い切って問う。
「彼女は……その、恋愛とかに興味を持っているのか?」
「はい?」
 目をぱちくりさせるルウに、彼は慌てて付け足す。
「最近、激しいだろう? リューグやシャムロック達が。それで、肝心の本人はどうなのだろうと思ってな」
 リューグ達による「争奪戦」は目標とされている本人以外の殆ど全員の知る所であり、頭痛の種である。
 ルウはそういう事、と頷き、
「自覚してないんじゃないかな。そういう話に乗ってこないもん、あの子は」
 そして、ふと悪戯っぽく笑ってネスティの目を覗き込んだ。
「気になるのは、兄弟子だから?」
「それだけではない。この状況が長引けば、戦闘にも影響が出かねないからな。それを脱するには彼女が自覚するか、彼等が諦めるしかない。もしかしたら、と一縷の望みを託していたんだがな……」
 ため息交じりの返答に、ルウはがっくりと肩を落とした。
「トリスのこと、鈍いって言ってるけどキミも鈍いよね……」
「?」
 訝しげな表情をするネスティに、こりゃ重症だわ、と彼女は盛大にため息をついた。
 クレープ屋をでたネスティは信じられないものを見たような表情でルウを見ていた。
 一方のルウは満足げな表情をしている。
「どうして食べ切れるんだ? しかも追加注文までして完食しきるなんて」
「だから言ったでしょ。甘いものは別腹って」
「それはそうだが……」
「ルウは頭を使うから、その分たくさん甘いものが必要なのよ」
 と、何やら得意そうな表情をする彼女に、彼は半眼になって言った。
「……君は、エネルギー保存の法則というものを知っているか?」
「なにそれ」
 きょとんとする彼女に、彼は頭を振り、
「……聞かない方がいい。そして、聴きそうになったら忌避した方がいい」
「ふーん……」
 釈然としない表情で頷くルウ。
 モーリン宅は、もうすぐそこだった。
 二人がモーリン宅に帰ると、廊下が大変な事になっていた。
 何やら倒れこんでいるリューグ。その脇に、槍を持ったロッカが立っている。
「ロッカ、キミ何やってるの?!」
「いえ、ちょっとリューグに峰打ちしただけですよ。すぐに持って行きますから」
 二人に有無を言わせる間も持たずに彼はリューグの足を引っ張って行った。
 何だかゴミ袋のように引きずられていくリューグ。
「全く、これじゃあいくつミーナシの滴があってもたりないよ」
「?」
 ロッカの呟きを耳にして、顔を上げたネスティは彼の手にミーナシの滴の小瓶が握られているのを発見した。
(そういえば、こんな所を前にもみたような……)
 すこし思い出してみるが、その前も同じような状況であったことを思い出し、無駄な事かとネスティは回想をやめた。
「何があったのかな?」
「さあな」
 二人は知らない。
 思春期真っ盛りなリューグが、トリスへの想い(妄想とも言う)の強さ故に一人で魅了かつ狂暴状態となっている事が多々ある事を。
 それが露見しないでいるのは一重に、そういう状態になったリューグを、ロッカ、アメルが誰よりも早く発見。そして迅速かつ隠密に対処しているからだった。
 嗚呼、美しきかな兄弟愛。
さて、ルウと別れて部屋に戻ったネスティだったが、ここはここでまた違う騒ぎが起こっていた。
「おいネスティ! 見てないで助けろって!」
「トリスさああああん!」
「ちょ、落ち着いてよシャムロックさん!」
 さてこの騒ぎを一言で表すならば。
 ミニスを襲おうとするシャムロックをフォルテが必死になって止めていた。
 これでミニスの頭上に可愛らしく小首を傾げているドライアードがいなければ、ネスティは迷わずヘキサアームズを呼び出していただろう。
「……ルニア、頼む」
 周囲が薄い金の光に包まれ、落下音と共にとんがり帽子とコートの少女がネスティの開いた異界の門から舞い降りた。
 ぱあっと金色の光が一際強くなり、それが引いた後には、シャムロックが何故か眠って床に倒れこんでいた。
 一体どうしたのかと思ったが、安堵のためか半泣きの表情座りこんだミニスの隣に、獣精プニムが控えているのを見て納得する。
 おそらくミニスがパニック召喚したのだろう。
「ああ……よかたぁ……」
 そう言って深く吐息したミニスの頭にネスティの拳骨が落ちた。
 かなりいい音がする。
「まったく、意味もなく召喚するんじゃない」
「だ、だってシャムロックさんがそうしてくれっていうんだもの」
「?」
 眉をひそめるネスティ。フォルテがうんざり半分呆れ半分の顔で説明を始めた。
「シャムロックの奴、自分がこういう状態異常にかかりやすいのをえらく気にしていてな。なんとか耐性つけようとか思って、ミニスに特訓頼んだのさ」
「私、そんなことしても意味がないってちゃんと言ったわよ」
「しかしヤツはそれを聞かなくてな。「お願いします。一回でいいですから!」と泣きついたのさ。コイツ、いっぺん言い出したら聞きゃしないからな。オレからもミニスに頼んだのさ」
「それでこれ、か?」
「まさか、さすがにここまでだとは思わなかったのよ……」
 やれやれだせ、とフォルテは肩をすくめた。
 そしてそのままシャムロックの傍に屈みこみ、その頬をぺちぺちと叩いた。
「おーい、起きろ」
「ん、んん……っトリスさんは?!」
「「「…………」」」(起きるなりソレかよ)(頭の中トリス一色なんじゃないかしら)(やれやれだ……)
 三人の白い目も気にせず「トリスさん?」と連発しながら周囲を見回すシャムロック。
「もう一回、ルニアを呼んだ方が良くないか?」
「きっと、もっと強力なの召喚しないと駄目よ。グラマトンとかエルエルとか」
「いっそのこと、ぺトラミア呼んだらどうだ?」
 本格的に事態を心配し始めた三人がひそひそ囁きあっていると、不意に部屋のドアが開いた。
「ねえ、ネス――」
「トリ――!」「やっちゃえ、プニム!」
 シャムロックが行動するより先に、プニムの一撃がシャムロックの後頭部にヒット。
 たまらず眠りの状態異常にかかり、倒れこむシャムロック。
 トリスはドアに手をかけたままきょとんとして眼をしばたたかせている。
「どうしたのよミニス。フォルテにネスも」
「いやあ、ちょっとな」
「そうそう、ちょっとシャムロックさんがプニムとスパークリングしたいって言ってねっ!」
(かなり苦しい言い訳だぞミニス……)
 が、ネスティの心の中の突っ込みと裏腹に、トリスは「そうなの」とあっさり頷くとネスティのほうを向いた。
「ネス、買出しいこ」
 トリス達はそれぞれがある程度自由になるお金を持っているが、アイテムや武器などをまとめて買う大きい単位のお金は仲間内で一番金銭感覚のしっかりしたネスティが管理している。
 なので買出しは経理担当のネスティと、仲間の必要としているものをよく把握しているトリスの仕事なのだった。
「分かった。すぐ行くから外で待っているんだ」
「ん」
「それと、入る前にちゃんとノックしろ!」
「はーい」
 トリスが部屋から出て行く。
 それから三人は顔を見合わせて一つ頷き、まだ寝ているシャムロックを寝台に放り込んだ。
 全てを彼の夢オチで済ます、その為に。